これから見る景色

「戦国武将の生き方に学ぶ科・秋の遠足」2016年11月10日

今週の高大は秋の遠足でした。
母が入院していますが、私の家で暮らしている頃から、自分の楽しみを犠牲にしないのが、私の介護のやり方です。でないと、介護者がストレスに押し潰されてしまいます。
行き先は、奈良のならまち。私の一班は9名の内6名が参加。女性の一人は旅行で欠席。もう一人は、ならまちにはこの前行ったところということで欠席でした。
私のクラスは6班あるので、2班ずつに分かれてボランティアガイドさんが一人ずつ付いて、元興寺を案内してもらいました。
奈良には弟の家があることから昔から何度となく訪れて、ならまちにも数えきれないくらい来ています。しかし、元興寺には入ったことがなかったのです。
元興寺の前身は、飛鳥時代の588年に建立された法興寺(飛鳥寺)で、平城遷都とともに718年に今の地に移築されて、元興寺と寺名が改められました。移築された時に、飛鳥時代に造られた日本最初の瓦も使われていて、現在の本堂・禅室の屋根に数千枚残っています。
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向かって右側の重なり合った丸瓦の葺き方は行基葺きというそうです。
近鉄奈良の待ち合せ場所も行基さんの噴水と言って有名ですね。
元興寺は今でこそ敷地も少なく本堂も五重塔も火事で焼けて残っていないのですが、その昔は東大寺に継ぐ敷地面積があったそうです。
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そういえば、10月にテレビ朝日の「お坊さんバラエティぶっちゃけ寺」を見ていると、奈良を取りあげていて元興寺も紹介していました。その時も、敷地面積が東大寺の次に広かったと言っていたので、驚いたことを覚えています。
そして、元興寺の近くにある御霊(ごりょう)神社にも案内してもらいました。
御霊とつく神社は全国にあるのですが、相次いだ政変の中で冤罪により非業の死を遂げた皇族や貴族の方たちを祀った神社ということでした。他の班の女の人と「韓流ドラマみたいやね」と言っていました。
こうして勉強していくと、戦国のみならず、古代の歴史も面白い~
12時になら工藝館に全員集まって解散後、それぞれの班毎の行動になります。
一班は大和郡山城に行く予定でしたが、駅前でランチした後、私と他の二人が帰ることになりました。
当日は病院へは弟が行ってくれていたので、いったん家に帰って一休みしてから、夕方食事介助に行って来ました。

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by s-jw | 2016-11-12 09:43 | 趣味 | Comments(2)
Commented by sakura81-26 at 2016-11-12 18:14
元興寺 6~7年前に行きました。
飛鳥・奈良時代の瓦も使われている本堂の屋根が青い空にとてもきれいでした。萩の時期にまた行きたいと思いながらそのままです。

寝たきりの義理の父を3年間介護していたころ、24時間介護は、日々すごいストレスでした。
義父がディサービスに行っている間が休息の時で、天気のいい日は、一人で京都のお寺巡りでした。
お母さんが入院中、病院通い大変だと思いますが、ご自愛くださいね。お大事に。
Commented by s-jw at 2016-11-12 21:46
> sakura81-26さん
こんばんは!
みいうみさんも介護の経験をされていたのですね。
介護ってストレス溜まりますよね。息抜きしないと、自分自身が押し潰されそうになります。
私の家で介護していた時は仕事があったし、風船がぱんぱんに膨らんでいたように頑張れたのだと思います。
今は風船が萎んでしまって、毎日食事介護に行くのがやっとです。それでも、これは私の義務だと自分に課しています。
元興寺は思いの外、歴史のあるお寺でした。
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