母のこと・妹が亡くなりました

今週の火曜日、母の妹が88歳、米寿の誕生日を前に亡くなりました。
先週、危篤だと電話が掛かってきて、母の亡くなった姉の娘の従姉と一緒に、日曜日に茨木までお見舞いに行ったのでした。
一月に骨折で入院していてリハビリして元気にしていたのに、一週間くらい前から院内感染で肺に水が溜まり、意識が無くなったそうです。私達が行った時は呼吸器を付けていたので話す内容を理解できないものの、喋ったり笑顔も見せていたのですが、力尽きたようです。
母の戸籍を見ると10数人兄弟がいて、幼くして死んだ人も多いけど、5人だけ大人になるまで育ち、とうとう母だけになってしまいました。
母と違って身体が元気で認知症でもなかった伯母が先に死ぬなんてね・・・
従兄弟がお通夜はいいと言うので、木曜日のお葬式だけ行って来ました。
一人息子の従兄弟は離婚しているので家族もいなくて、身内も私と従姉とその兄の3人だけの出席。私の弟は仕事なので来られませんでした。
参列者四人だけの家族葬でしたが、お喋りで賑やか好きの伯母にしたら淋しいお葬式だったかもしれません。
今日、母のホームへ行って「春ちゃん、覚えてるか?」と聞くと、「うん。春子、元気にしてるか?」と母が言うので、「元気やで」と言うしかありません。
可哀相な母。姉なのに、姉妹で最後の一人になってしまったね。
今日は珍しく、私が帰る時に「連れて帰ってや」といつものセリフを言わず、「気ィつけて帰りや」と昔の母の口癖の言葉が聞けました。
天気のいい日には車椅子を押してホームの回りを散歩するのですが、今日は去年の3月のブログに書いた立金花(リュウキンカ)があちこちに咲いていました。
春到来ですね。

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Commented by ffchari71 at 2017-03-12 19:05
はじめまして。嘱託サラリーマンのぶんといいます。
先月、母の弟(茨城在)がなくなり、5人だけのさみしい葬儀に行ってきました。母は介護施設で、弟の葬儀にでれないくらい弱っています。これで母の兄弟はみな逝ってしまいました。似たような境遇でしたので、ついコメントしてしまいました。
お母さん、さみしいでしょうね。私の母も父が亡くなって、一人暮らしもダウンして、兄弟みな逝ってしまったので、生きる気力がなくなってきたのが何となくわかります。なんともしがたい状況です。
Commented by s-jw at 2017-03-12 21:21
> ffchari71さん
ぶんさん、こんばんは!
初めまして。コメント、有難うございます。
お母様が施設に入っておられたり、お互いの境遇、似ていますね。
母には妹が死んだことを伝えられませんでした。
友達もほとんど先に亡くなり、姉妹もいなくなり、最後に残る者は辛いですね。

ブログにお邪魔したら、ブログを始めたのが2015年7月と同じでした。
今後とも宜しくお願いします。
母には妹が死んだことを伝えられませんでした。
Commented by sakura81-26 at 2017-03-12 21:33
ご愁傷様でした。さみしい春ですね。
命の長さに順番がなく 姉妹の葬儀であれ、長寿であればあるほど身体的状況から葬儀に出席できなくなり、参加できる身内だけの葬儀となりさみしい限りです。
父の時も中国地方在住の妹は85歳になりとて 兄の葬儀に出席できない状況でした。

お母さま 精神的に安定されていているご様子で安心しました。
Commented by s-jw at 2017-03-12 22:05
> sakura81-26さん
みいうみさん、こんばんは!
有難うございます。
母は2007年の姉の葬儀、2008年の兄の葬儀にはなんとか出席しましたが、その時も杖をついて歩いていて大変でした。
伯母の場合、まだ孫でもいればよかったのでしょうが、従兄弟は離婚していて子供とは繋がっていないようですし、ほんとに淋しい限りです。
母がよく笑うようになったと、ホームの職員さんから聞いてホッとしているところです。
Commented by アワキビ at 2017-03-13 19:50 x
骨折で入院中に院内感染で亡くなるなんて・・・叔母様には本当に残念なことでした。
お母様には、最後に残ったきょうだいだったのですね。
今のお母様には「妹には会えないけど、元気にしている」と思っていたほうが心の平穏が保てるでしょうからね。
退院後、お母様がだんだん元気になられて、よく笑うようになられた・・・と。
少しでも長く今のよい状態が続くといいですね。

我が家も、夫が昨年入院中に、夫の弟が亡くなり、お葬儀に参列できませんでした。
四十九日の法要には出席できましたが、納骨のために長い階段のあるお墓まで降りていくことはできず、控え室で待っているしかなかったです。
でも、普段の生活の中では、弟が亡くなったことも、両親が亡くなったこともすっかり忘れていて、生きていると思っているのでね。心の中ではみんな生きているから、それでいいんだと思います。
Commented by s-jw at 2017-03-13 20:59
> アワキビさん
こんばんは!
最近の母はよく笑うし、よく寝るようにもなったということです。
腕の手術をするまでは、やはりどことなく不調で痛みもあっての不機嫌だったのだと思います。

ご兄弟の葬儀に参列できない方は、これからますます増えていくのでしょうね。
2007年の母の姉の葬儀の時、80歳でしたが、やはり長い階段の上り下りに苦労しました。
でも、あの時はまだしっかりしてたんだよね、とついつい思ってしまいます。
Commented by nyakkpenn at 2017-03-13 21:40
遅くなりましたが、お悔やみ申し上げます。
旅立ちは順番ではない・と判りながら、寂しい春になりますね。
お母様に言えない事、心に秘めながらの辛い日々ですね。
判る・判らないに拘わらず本人を思いやっての「ウソも方便」、
方便とはいいながら方便ではないように思います。
いつか自分も行く道、みんながまる~く収まる過ごし方ができたらいいなと、
記事を読ませていただき思っています。
Commented by s-jw at 2017-03-14 09:50
> nyakkpennさん
おはようございます!
有難うございます。 妹とはすでに長い年月会っていないのですが、亡くなったことは言えないですね。
多分、母の頭の中では若くて元気な妹の姿しか覚えていないと思うのです。
「あそこに小さい子おったやろ?」と言っていました。従兄弟はもう60歳になるのですが。
数人いる甥や姪の中では一番年下なので、そう思っているのだと思います。
真実に向き合わなくていい、それが認知症の数少ない恩恵なのかもしれません。
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by s-jw | 2017-03-12 18:06 | 母が見ていた景色 | Comments(8)

41年間勤めた会社を退職した後の日常を綴っていきます。認知症になった母のことも記録に残します。


by シズコ