2017年 05月 12日 ( 1 )

川柳の授業二回目。
講師は「番傘」という川柳雑誌の主幹である田中新一先生。朝日新聞の大阪版「朝日なにわ柳壇」の選者もやっておられるそうです。
川柳と縁が深い田辺聖子さんとも交流があるようで、田辺聖子さんが大好きな私には興味深い話が続きました。田辺聖子さんが江戸時代の川柳を研究しているのは知っていましたが、その頃は川柳にまったく興味がなかったので、読んでいなかったのです。
田中先生が推薦して下さったのは、「道頓堀の雨に別れて以来なり」という、川柳作家・岸本水府さんを描いた作品です。今読んでいる本を読み終えたら、文庫本を買うことにしましょう。
今回の授業では、川柳の歴史を習いました。
古くは室町時代の古歌というのが始まりで、江戸時代の俳諧連歌から、雑句(ぞうく)の部分が川柳となり、発句(ほっく)が俳句となったということです。
柄井川柳という人が半紙判の刷り物を出して人気となり、やがて衰退。
(川柳にとって)「不幸な時代」と言われる1824年から明治維新までの狂句の川柳が、現代のサラリーマン川柳へと続いているそうです。サラリーマン川柳はクスッと笑えるけど、本来の川柳では決してないそう。
俳句と川柳の違いは、よく言われるのが、季語があるかないか。先生がおっしゃるには、俳句は花鳥風月を詠むが、川柳は人間を詠む。また、川柳は本来、品を大事にするものであるとも言われていました。
川柳①の授業と言い今回の②の授業と言い、講義を受けて、川柳に対する認識がだいぶ違ってきました。
今回、昼からの授業が終わってから、班でお茶を飲みに行きました。
男性3人、女性7人。今年の班は11人もいて、一人お休みだったので、全員出席でした。3人の男性はアルコールを嗜まないみたいで、女性は何人か飲めるようです。去年の班とはちょっと違いますね。
でも今年も変な人がいなくて良かった~(^^)

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by s-jw | 2017-05-12 16:26 | 趣味 | Comments(0)

41年間勤めた会社を退職した後の日常を綴っていきます。認知症になった母のことも記録に残します。


by シズコ