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これから見る景色

嵯峨野ハイキング(2)

まだ写真を撮るというオジサンと別れて、嵐山と反対方向から嵯峨野散策しました。
化野念仏寺や祇王寺、二尊院、常寂光寺はみんな一度は行ったことがあるので、今回は行ったことがないお寺を巡ることにしました。
その前に腹ごしらえ。途中のお蕎麦屋さんに入り、軽くいろどり蕎麦というのを食べました。お団子を食べていたので、そんなにお腹がすいてなかったのです。
紅葉ですが、まずはそのお蕎麦屋さんから歩いてすぐの所にある厭離庵(えんりあん)へ。藤原定家の小倉山山荘跡で定家が百人一首を編纂したところです。
普段は一般公開していなくて、この紅葉の時季だけ公開されているようです。
道からはわかり難い奥まった場所にあり、ひっそりしたたたずまいという言葉がぴったりのお寺で、中に入ると全体にそんなに広くないのに、一本の大きなモミジの木が堂々とそびえています。
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この大きな木を中心に風情のあるお庭を散策しました。
この木を見られただけでも、ここまで来て良かったと思えました。
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厭離庵を出てすぐ近くにある、釈迦堂(清凉寺)へ。庭も広く大きなお寺ですが、紅葉は少しだけ。ここは嵯峨野釈迦堂で知られる浄土宗の古刹だそうです。
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豊臣秀頼の首塚がありました。
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最後は、またまた近くの宝筺院へ。ここも広いお庭があり、紅葉もまだ綺麗でした。
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そして、門前には小楠公の石碑がありました。
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小楠公は、楠正成の息子正行のことです。
平安時代に白河天皇が建立され、正行と足利義詮の菩提所になっています。
紅葉巡りはこれで終わり、JR嵯峨野駅から京都へ出て、後はお決まりの乾杯をして、解散となったのです。
そして、今回のハイキング、久しぶりの2万歩超えになりました。

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by s-jw | 2016-11-30 20:54 | おでかけ | Comments(2)

嵯峨野ハイキング(1)

昨日は月一ハイキングで、京都洛西・嵯峨野から嵐山まで歩いて来ました。
まずはJR京都駅の嵯峨野線のホームで待ち合わせて、嵯峨嵐山駅で乗り換えて嵯峨野鉄道嵐山駅からトロッコ列車に乗ります。チケットは一ヶ月前にJRのみどりの窓口で購入していました。
残念ながらトロッコ列車の窓から見る紅葉は、一週間遅かったようです。
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トロッコ列車の終点・亀岡駅からJR馬堀駅まで歩き、電車でJR保津峡駅まで行って、そこから嵐山まで歩くのが、今回のハイキングの目的です。保津峡駅は鉄橋の上にある駅です。
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駅員さんに聞いたら、平地を30分、登り道を30~40分ということでしたが、登り道もきつくなく楽なハイキングコースでした。私は保津川峡駅から車か歩いてしか行けない柚子の里・水尾へ2度ほどハイキングしたことがあったのです。一度目は嵐山から歩いたのでした。
昨日はそんなに寒くなく、途中で全員上着を脱いだくらい暑かったです。
平野屋まで下りて来たらいよいよ嵯峨野です。平野屋は400年の歴史がある鮎茶屋です。
ここで、しんこ団子とお抹茶のセットで一服。しんこ団子って何ですか?と聞くと、上新粉で練ったお団子で、黒砂糖と黄粉をまぶして食べます。素朴な味で美味しかったです。
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平野屋を出て歩いていたら、年配の男の人が手に持った本に載っている所を指して「ここへはどう行ったらいいですか?」と聞かれました。そこには化野念仏寺ならぬ、愛宕念仏寺と書かれていました。化野念仏寺はすぐそこにあるのですが、愛宕念仏寺というのは、聞いたことがありません。愛宕山(あたごやま)は水尾へ行く道の途中にあるので、そこじゃないですかと言いつつも、知らないことなのでお店で聞かれたらどうですか、と言って別れました。
しかし少し歩いた所に「愛宕(おたぎ)念仏寺徒歩8分」と書いているではあれませんか。友達の一人が、以前に行ったことがあると思い出しました。可愛い羅漢様がいっぱいあって、とてもよかったとか・・・じゃ、私達も行こうと、オジサンを追いかけました。オジサンが遠くまで行ってしまったら気の毒です。幸いなことに、平野屋の前で追いついたので、一緒に行くことにしました。
話していると、三重県桑名市から高速バスで来られたとか。写真の仕事をされているそうです。私が「何故、愛宕念仏寺に行こうと思ったのですか?」と聞くと、オジサンの師匠の本に載っていた、と先程の本を見せて下さいました。それは写真家の水野克比古さんの写真集でした。実は、私、水野さんの写真が大好きで、西陣にあるギャラリーまで行ったことがあるのです。
愛宕念仏寺は、ほんとにいい所でした。嵯峨野の奥にあるので、化野念仏寺に行ってもここまで来る人は少ないんじゃないでしょうか・・・
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オジサンのおかげでいい所へ行くことができました。
ところで写真家のオジサン、私達の写真を撮りたいとおっしゃるのですが、後ろ向きに並んで下さいって、これには大笑い。前から撮るのにしのびないだけでなく、本や雑誌に載せるのに肖像権でいろいろウルサイからだそうです。
もしかして、何かの雑誌に私達の写真が乗るかも・・・(笑)
ここでオジサンとはお別れして、嵯峨野散策、まだまだ続きます。

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by s-jw | 2016-11-29 19:59 | おでかけ | Comments(4)

昨日はグループの一人の還暦のお祝いでした。
これで6人全て60代の仲間入り。元々はmixiで知り合ったグループで、関西在住のマイミクさん達が私の還暦祝いをして下さって、全員でのお付合いが始まりました。
場所は新地にあるホテルエレセラーンの中にある日本料理 桂というお店です。
一ケ月以上も前に電話したのだけど、その時点で個室は後一室しか空いていなくて、慌てて予約したのでした。
6階ですがお庭が見える畳敷きの和室で、掘りごたつ式のテーブルです。こんなに素敵な部屋なのに個室代はかからないのです。
私達は桂弁当というのを頼み、まずはビールで乾杯! ようこそ60代へ、というところです。
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これに、ご飯、お味噌汁、香の物、デザートが付いています。
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全員が入った写真を、迷惑なことに6人がカメラやスマホで2度ずつシャッターを押してもらいました。
11時から入り3時近くまで粘り、後は歩いてグランフロントへ行きました。
私が茅乃舎のだしを買いたかったのと、コーヒーを飲みたいと言う人がいたのです。だしを買って、北館の6階にあるウメキタフロアに行きました。
ここはスーパーマーケットのフードコートのような所で、注文したものをどの店の椅子に座っても、運んでくれるのです。
コーヒーを飲みたいと言っていたのに、呑み助ばかり集まっている私達、ついついフローズンビールというネーミングに惹かれて、またもやビールを頼んでしまいました。
私はジンジャーフローズンを頼み、生姜味がピリッと効いてなかなか美味しかったです(^^)
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ご馳走様でした!

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by s-jw | 2016-11-27 17:36 | おでかけ | Comments(0)

5月にもあったのですが、昨日の授業は静岡大学名誉教授の小和田哲男先生の公開講座でした。
テーマは「井伊家の歴史と直虎の人物像」
来年の大河ドラマは、実在した戦国時代の井伊家の女当主・井伊直虎が主人公です。
私が今見ている韓国ドラマ「善徳女王」も史実上の女性の朝鮮王をモデルにしています。現在より昔の方が男女差別がなかったのかもしれません。
井伊家は平安時代から続いた名家。「保元物語」「吾妻鏡」「太平記」にも出てきます。戦国時代には、今川義元に従属していますが、桶狭間の戦いで義元が織田信長に敗れ、当主直盛も戦死してしまいます。そこから女当主直虎へと続いていくのですが、そこらへんは来年の大河ドラマで詳しく描かれることと思います。
小和田先生は来年の大河の時代考証を担当されているそうです。
大河ドラマのロケ地となると人気観光スポットになるので、日本全国誘致活動が活発なんだそうですが、今回の浜松市はまったくなかったとのこと。
井伊家といえば滋賀県彦根のイメージだし、直虎自体、そんなに有名でないですものね。
しかし、彦根城が完成したのは江戸時代のこと。
直虎の後を継いだ直政は徳川四天王となって、浜松で徳川家を支えます。
小和田先生が書かれた「井伊直虎・戦国井伊一族と東国動乱史」という新書本を、予約した人だけサインしてもらって直接先生から受け取るというイベントがありました。私も予約していたので、握手してもらって受取りました。
ちなみに、本の種類は、文庫本、単行本だけかと思っていたら、その間のサイズの本を新書本というそうです。知らなかった~ 録画していた「アメトーク読書芸人」を見ていて知りました(^^)

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by s-jw | 2016-11-25 20:24 | 趣味 | Comments(0)

母のこと・退院しました

今朝は6時に目が覚めてテレビを点けたら、また東北に地震の速報、そして津波に警戒して下さい、避難して下さい、決して海辺に近寄らないで下さい、と繰り返しニュースで言っていました。8時半頃家を出たのでその後のニュースを見られなくて、何故同じ所にばかりと胸を痛めていましたが、幸いなことに大きな被害はなかったようで安心しました。

さて、本日10時、母が無事に退院しました。
ホームの車は10時に来てもらうことになっていて、私は30分早く着くようにバスで出掛けました。このバスに何度乗ったことだろう・・・
この時間の交通量は少ないのか、いつもは4~50分以上かかるのに早めに着いて3階に上がると母はベッドに横になっていました。午前中に行ったことがないのだけど、毎日こうして寝かされていたんだろうな~
いつものパジャマ姿ではなく、入院した時に着ていて私が持って帰って洗濯したブラウスとズボンを着ています。しかし、下着のシャツを着ていないので、看護師さんに言って着替えさせてもらいました。シャツはボストンバックに入れていたので、どこにあるかわからなかったのだろうけど、認知症で言葉に出来ないとはいえ、肌に直接ブラウスでは気持ちが悪かったことでしょう。
その間、退院の手続きといっても、請求書と山ほどの書類をもらい、持って行った物をボストンバック2個に詰めました。家にあったフリースを持って行きましたが、今日は暖かくニットのカーディガンを羽織らせただけで充分でした。
ホームの人が来て下さり、ようやく帰ることが出来ました。
最後に看護師さんにお礼言いや、と言うと、「おおきに。お世話になりました。」と言っていました。これにはホームの人もびっくり。病院に入院していた認識があるのだとおっしゃっていました。
ホームの自分のフロアーに着くと、入居者さん達や職員さんが「お帰り」と出迎えて下さいました。母も笑顔で「ただいま」と言っています。私が席を外すといつもは「うちも連れて帰って」と言うのに、それもなく、多分まだ薬の後遺症で大人しいのだろうということでした。
病院では食欲がなかったのに、出してもらったおやつを左手でぱくぱくと食べて、トロミのついた紅茶も一人で飲んでいました。このままどうなることかと思っていたけど、食欲がある母を見て心からホッとしました。
そうだ、退院のお祝いにホームから可愛いソックスを2足いただきました。有難いことです。
荷物の整理をして帰って来ましたが、お昼ご飯も食べていないのに1時間も昼寝してしまいました。母が入院してから早く寝るようになりぐっすり寝ていたのですが、やはり、身体も気持ちも疲れていたのでしょう。
明日から日常生活に戻れます。

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by s-jw | 2016-11-22 19:31 | 母が見ていた景色 | Comments(4)

ようやく母の退院の話が聞けました。
明日、病院からホームに電話して打合せしたうえで退院になるとのことです。
早くいって明日、急なことなので多分明後日の退院となるだろうということでした。
実は今週に入ってから、食事は流動食。いつ行ってもベッドに寝ていて、起きていても眠たい、眠たいと言っています。
ホームの人は何度か来てくれていて、そんな母を見て睡眠剤を飲まされて眠いのではないかと言っておられました。
初めの頃のように怒ったり叫んだりしている母よりずっと扱い易いのですが、身体のことを思うと心配でなりません。
今日は、しかし退院の話が出て後少しで元の生活に戻れる、とホッとしました。
しかも、夕方にはホームの職員さんが4人も顔を出して下さいました。
先週も、病院近くに住んでいる職員さんが帰りに寄って下さったのです。
お昼にも何度か来ていただいているようです。有難いですね。
今日は30分くらい、職員さんがいて賑やかだったので、母の笑顔もたくさん見られました。
食欲も心なし多かったようです。たくさん食べてくれました。
フー、やれやれです。

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by s-jw | 2016-11-20 22:21 | 母が見ていた景色 | Comments(4)

私達の世代が学生の頃は、教える側の一方通行の話を聞いているだけの授業形態だったと思いますが、昨今変わってきているようです。
その一つロールプレイという形態で、昨日の高大の授業、白熱教室が行われました。
メモっていなかったので定かではないですが、グループで一つのテーマを決めて一人一人の意見を述べてディスカッションするのです。しかし賛成か反対か相手を論破する意見を戦わせるものではありません。高大では、あくまで自分の意見を人前で堂々と喋れる訓練をするようなものです。一学期の白熱教室では、事前に原稿を書いて代表者だけ発表しましたが、今回は当日テーマ発表で各々意見を述べ合うという形で進んでいきました。
テーマは、今まで受けた講義の戦国武将14人の中で誰が一番好きか、またその理由を述べよ、というものでした。
まずは班毎に意見を述べて代表が取り纏めて発表するというもの。時間的に一人ずつの発表は無理だったようです。発表する一人、みんなの意見を書き留める一人が必要ということで、私は書き留める役をしました。
一班は9名全員出席で、織田信長が好きな人2人、明智光秀2人(そのうちの一人は私です)、上杉謙信、前田利家、三好長慶、高山右近、北条早雲が各1名ずつ。
好きな理由もそれぞれ観点が違っていて、面白かったです。
発表して下さった副班長は、私が書きなぐった文章を上手くまとめて、ユーモアたっぷりに堂々と発表されました。やはり男性は人前で話すことに慣れておられます。訓練する必要はないわ。
その後のフリータイムでは、「戦国武将の生き方に学ぶ」テーマに添って、学んだことや生活に取り入れていることがあれば自分の意見を述べるというものでした。
積極的に手を挙げる人がいなくて先生が一人ずつ当てられていって、やはり男性が多い中、私も意見を述べました。私は、戦国武将ではないけど、真田幸村の授業をして下さった整骨医の澤田先生に感銘を受けたのです。
「好きこそ物の上手なれ」
好きなことを突き詰めていったら、何らかの形になって残るのではないか~という趣旨の意見を述べました。
二学期の授業も、あとわずか・・・そろそろ来年度の受講科目を決めなくてはなりません。好きな歴史を学びたいけど、曜日が合わなくて、いろいろ悩むところです。

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by s-jw | 2016-11-19 21:14 | 趣味 | Comments(2)

久しぶりに大阪散歩

昨日は、友人と天神橋筋六丁目で待ち合わせてランチしました。
現役の頃、二人で会社帰りによく行っていた中国料理店双龍居
ただし昨日行った店は2年前にオープンした新店で、私達はいつも天神橋筋商店街から外れた旧店に行っていたのでした。中華料理ではなくて、中国料理というジャンルがあることを知ったのも、この店でした。
メイン料理と、卵スープ、サラダ、小鉢一品か点心2種、コーヒーもついて、ご飯は2杯までお代わりOKで800円という安さです。しかもメイン料理の量の多いこと!
お腹がいっぱいになって、天神橋筋を歩くことにしました。
双龍居は5丁目にあるので4丁目から3丁目、2丁目と歩き、大阪天満宮にも寄りました。
商店街を抜けて天神橋北詰から中之島公園に下りて、剣先噴水へ行くと、30分に一度の噴水の時間が近付いていたので、見ることにしました。
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ウォーキングでここへは何度も来ているけど、初めて見ました。これは何の為にしているのでしょう? 「帆(ふね)」がテーマで、大阪の新名所として作られたらしいけど、名所にはなってないな~
バラ園を通り、東洋陶磁美術館、中央公会堂の横を歩いて淀屋橋へから梅田へ出ました。夕方には病院へ行かないといけないので、梅田でお別れして、私はバスで帰ってきました。
母の退院はまだ決まっていないので、なかなか予定がたちませんが、しばしの息抜きの半日でした。

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by s-jw | 2016-11-16 22:36 | ウォーキング | Comments(0)

母が手術をして、今日でちょうど一週間がたちました。
毎日、夕食の食事介助に通っています。
病院は隣りの区のわかり難い所にあって、初めは行き方を悩んだのですが、行きはバスで帰りは地下鉄、というパターンになりました。大阪市営の地下鉄とバスをその日のうちに乗り継ぐと、100円安くなるのです。
病院に着くと、母は車椅子に座ってほとんどナースステーションの前にいます。
母だけでなく、2~3人の高齢者の方も一緒です。顔ぶれは日々変わっていて、何人かは退院していって、今日は新しい人が3人もおられました。
昨日は母より先輩の人一人と二人だけだったので、日曜日なのに今日入院したのかしら?
その中の一人の方は昭和2年生まれで母より1歳下の89歳。病院の車椅子に座っておられるけど、椅子から立とうするのを何度も看護師さんに止められています。どうもエレベーターに乗って一階に下りたいのです。私も「オネーサン、オネーサン」と呼び止められて、「エレベーターまで連れて行ってくださらない」とお願いされました。
ベタベタの関西弁を喋る母と違って、綺麗な標準語です。
「看護師さんに聞きますね」と言って逃げましたが、その後も何度も立とうとしています。私は眠いという母を車椅子に乗せてフロアーを歩いていたので、切れ切れに聞いていたのですが、家に帰って買い物に行かないといけない、とおっしゃっています。見た目わからないけど、明らかに認知症です。他の二人の方は静かにしておられました。
さて母ですが、手術した翌日は元気で食欲もあったのに、日毎に食べられなくなってきています。
昨日、病院に着いた時、ちょうどリハビリのマッサージを二人がかりでしてもらっているところでした。「手すりを持って歩けたんですよ」ということで、実際歩くところを見せてもらいました。母が歩くのを見るのは久しぶりのことです。
しかし喜んだのもつかの間、夕食はなかなか食べてくれませんでした。ご飯は小さなお握りが3個出るのですが、最初の日は全部食べたのに、日増しに少なくなって行って、昨日は1個半。今日は1個に満たない量でした。おかずも、今日は肉じゃがだったのですが、じゃが芋を少しだけ、お肉は全く咀嚼出来ませんでした。リンゴと大根を下したものは少し食べられました。
食後の薬はオレンジゼリーとと共に飲ませるのですが、それは食べられるみたい。
もう流動食しか食べられなくなったのだろうか?
不安でたまりません。

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by s-jw | 2016-11-13 22:20 | 母が見ていた景色 | Comments(2)

今週の高大は秋の遠足でした。
母が入院していますが、私の家で暮らしている頃から、自分の楽しみを犠牲にしないのが、私の介護のやり方です。でないと、介護者がストレスに押し潰されてしまいます。
行き先は、奈良のならまち。私の一班は9名の内6名が参加。女性の一人は旅行で欠席。もう一人は、ならまちにはこの前行ったところということで欠席でした。
私のクラスは6班あるので、2班ずつに分かれてボランティアガイドさんが一人ずつ付いて、元興寺を案内してもらいました。
奈良には弟の家があることから昔から何度となく訪れて、ならまちにも数えきれないくらい来ています。しかし、元興寺には入ったことがなかったのです。
元興寺の前身は、飛鳥時代の588年に建立された法興寺(飛鳥寺)で、平城遷都とともに718年に今の地に移築されて、元興寺と寺名が改められました。移築された時に、飛鳥時代に造られた日本最初の瓦も使われていて、現在の本堂・禅室の屋根に数千枚残っています。
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向かって右側の重なり合った丸瓦の葺き方は行基葺きというそうです。
近鉄奈良の待ち合せ場所も行基さんの噴水と言って有名ですね。
元興寺は今でこそ敷地も少なく本堂も五重塔も火事で焼けて残っていないのですが、その昔は東大寺に継ぐ敷地面積があったそうです。
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そういえば、10月にテレビ朝日の「お坊さんバラエティぶっちゃけ寺」を見ていると、奈良を取りあげていて元興寺も紹介していました。その時も、敷地面積が東大の次に広かったと言っていたので、驚いたことを覚えています。
そして、元興寺の近くにある御霊(ごりょう)神社にも案内してもらいました。
御霊とつく神社は全国にあるのですが、相次いだ政変の中で冤罪により非業の死を遂げた皇族や貴族の方たちを祀った神社ということでした。他の班の女の人と「韓流ドラマみたいやね」と言っていました。
こうして勉強していくと、戦国のみならず、古代の歴史も面白い~
12時になら工藝館に全員集まって解散後、それぞれの班毎の行動になります。
一班は大和郡山城に行く予定でしたが、駅前でランチした後、私と他の二人が帰ることになりました。
当日は病院へは弟が行ってくれていたので、いったん家に帰って一休みしてから、夕方食事介助に行って来ました。

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by s-jw | 2016-11-12 09:43 | 趣味 | Comments(2)