ブログトップ

これから見る景色

母のことも少しずつ書いていこうと思います。

私が32歳の時、母が57歳になる2週間前に父が心不全で急死してから、母は24年間一人暮らしを続けていました。
65歳で年金がもらえるようになるまで、父が残してくれたお金や自分が働いて貯めてきたお金でやりくりして暮らしていました。
といっても、お金で苦労したことがない母、毎日散歩をし整骨医でマッサージをしてもらい、近所の友達にドライブに連れて行ってもらったり、杉良太郎のコンサートに行ったり、気楽な一人暮らしを楽しんでいました。
戦前に建てられたであろう木造の古い実家は、お風呂こそあるもののトイレは汲取り式。お風呂もいつの間にかガスの火が点かなくなっても修理することもせず、掃除嫌いな母はお風呂屋さんの方がいいと、毎日近くの銭湯へ通っていました。

そして、月日がたち、80歳を過ぎた母は歩くことがままならないで銭湯へ行くのが大変なことになっていました。
家の近くの銭湯が廃業して、私の足でも歩いて10分~15分くらいかかる所にしかなくなったのです。
その頃、母が住んでいた市では、やっと下水道の工事が出来るようになり、トイレとお風呂のリフォーム(といっても、ほとんど新築です)の見積もりをしてもらったら、下水を引くのとは別に100万以上くらいはするとのこと。
母は80歳を過ぎてたし、あと何年生きるかわからないのに、下水を引く金額を入れたらどれくらいかかるかわからない。
その頃すでに一人暮らしするにもいろんなことで危なくなってきていたので、実家の近くにアパートを借りて、私が自分の家と行ったり来たりして二人で住むことになりました。
母が82歳になる少し前、私が57歳、2008年9月のことでした。

[PR]
# by s-jw | 2015-07-19 15:34 | 母が見ていた景色 | Comments(0)

安全標語

私が勤めていた会社は、鉄鋼二次製品のメーカーでした。
1999年7月19日に倒産。
そう、16年前の今日なんですね。
その後、会社更生法で生き残り、お給料が減ったり、ボーナスが無かったこともあったかな?
いろんなことがあり過ぎて、もう忘れてしまいました。
更生会社を経て新しい会社として再興、そして、2007年に三社合併して、名前が変わり今の会社になりました。
合併してからでも、もう8年もたっています。

親会社の方針で、年に一度、安全標語・ポスターの募集があり、最優秀賞1名10000円、優秀賞5名5000円、佳作10名2000円の賞金が出ます。
ポスターも同じ内容の表彰があり、私は絵が苦手なので、毎年安全標語のみ応募しています。
今年は、せめて優秀作品に選ばれて有終の美を飾りたかったのですが、佳作に入りました。

  あせらずあわてず確実に ルールを守って事故はなし

今までに2作くらい優秀賞や佳作に入っているのですが、整理魔の私、メールも送受信ともすぐに削除するので、残っていませんでした。
部で取りまとめてくれる男子社員のメールから探し出して、2011年に優秀賞をいただいた標語が残っていました。

  あわてるな いざという時落ち着いて 未然につもう危険の芽

この二作、どちらにも「あわてるな」というキーワードになる言葉が入っています。
ほんと、慌てるとろくなことがないふらふら
慌てん坊の自分だからこそ、出てきた言葉なんでしょうね。


[PR]
# by s-jw | 2015-07-19 12:02 | 会社 | Comments(0)

初めまして!

41年間勤めた会社を、後一か月足らずで退職することになりました。
第2の人生、どうしたら充実した生活を送れることが出来るのか、怠惰な自分を脱却して、実りある老後を迎えたいと思います。

唯一の家族である母は、近くのグループホームに入居しています。
たった一人の弟は、姪と二人で奈良に住んでいて、この春結婚した甥は、お嫁さんと二人で兵庫県に住んでいます。

二年前の一年間だけ、母を呼び寄せて一緒に暮らしていましたが、約35年にわたる一人暮らし。

これからみる景色はどんなだろう?
今までと同じ景色なのか?違うのか?

自分が生きた足跡を残して行きたい、とブログを始めることにしました。

[PR]
# by s-jw | 2015-07-18 21:37 | ご挨拶 | Comments(0)