母のこと・認知症になるまで(3)

2008年9月13日に引越し、私は母の家から通勤することになりました。
週末、自分のマンションに帰っても泊まることなく、1時間半かけて必ず母の家に戻っていました。
一か月もたたない、10月初旬、会社の健康診断があり、私は自分の目を疑いました。
48キロ近くあった体重が42キロ台になっていたのです。
45キロを切るなんて、20代の頃を除いて何十年ぶりのこと。
後で聞くところによると、月に一度くらい食事に行っていた友達は痩せたというよりやつれてて、「痩せたね」とも言えなかったそうです。
いつも行っていた美容院の人は、店の前を通る私を見て「どうしたんだろう?何かあったんだろうか?」と思ったと、これも後から聞きました。
その頃から、心臓はばくばくする。
夜中に目が覚めて寝られない。時にはめまいもする。
10月末に、これは更年期障害じゃないだろうか、とようやく気付きました。
母が白内障の検査に行くことになった病院に付いて行って、婦人科で私も診てもらいました。
そして、ホルモン治療と安定剤の服用治療が始まったのです。
今までの人生で、一番苦しかった時期です。
その後、認知症を患った母のことで悩みますが、この時のことを思えば、軽いものです。
例え親でも人のことで悩むのと、自分の悩みでは、質が違うのでしょうか?

とにかく家でも会社でも、動悸が激しくてじっと座ってられない。
動いている時の方が、動悸は感じられないのです。
仕事中も、何度となく席を立って、廊下に出たり、エレベーターで一階まで下りて、外の空気を吸ったり・・・
安定剤を昼に飲む時間が待ち遠しくてなりませんでした。
夜中に寝られないので、その頃、mixi中毒になっていた私は、布団の中で携帯をよく見ていました。

これは、母のことがテーマのブログなのに、自分のことばかり書いてしまいましたね。
ただ、ずっと思っていたのは、「止まない雨はない」「冬は必ず春になる」
私の座右の銘、「人生デイライト」明るい光に向かって歩いていけば、必ず出口に出られると信じて、その頃暮らしていたのです。



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by s-jw | 2015-07-23 23:42 | 母が見ていた景色 | Comments(0)

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