「醸造を楽しく学ぶ科・日本酒と文化」2018年5月11日

先週は祭日でお休み。二週間ぶりの授業でした。
講師は玉津島寿彦さんという酒文化ジャーナリストの方。高槻新土という名前の作家さんでもあるそうです。
茶道、華道と同じく、お酒にも酒道というものがあるとのこと。
日本酒の文化(酒道)を勉強しました。
伏見と灘を代表とする上方酒造りの変遷です。
起源は奈良の正暦寺、興福寺を筆頭とする僧坊蔵酒がはじまりです。去年の秋に奈良の外れの正暦寺へ行った時、こんな石碑がありました。
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ちゃんと写真に撮っていたのですね。
鎌倉・室町時代になると、洛中洛外に234軒もの造り酒屋が現れ商品としての酒を造っていました。酒造りに欠かせない麹の製造と販売権を、北野天満宮が独占していたので、周辺に造り酒屋が増えました。
秀吉が伏見城とともに新設した伏見郷が発展し、その後は伊丹郷町が誕生しました。その後に池田郷、富田郷と続き、江戸時代に灘五郷が生まれます。他の郷に比べて灘五郷が発展した理由は、輸送の便が良かったこと。江戸まで廻船で運ぶのですが、灘からだと3日は早く江戸に運べていたのです。その分品質が落ちることなく、灘五郷の酒は人気がありました。
ざっとですが上方の日本酒の歴史を勉強しました。
終わってからはいつもの飲み会。
班長が天五商店街の立ち飲み屋さんに連れて行ってくれました。
安くて美味しい立ち飲み屋さんです。その後、ビールの立ち飲み。そこはいわゆる裏天満といわれる辺りだと思うのですが、あの辺はごちゃごちゃと道が入り組んでいて、二度と行けません。
すきっ腹に日本酒を飲んだので、意識が半分飛んでいました。
天神橋筋商店街をふらふらと歩いて、天六からバスに乗って帰って来ました。
すきっ腹にアルコールはタブーです。肝に銘じなくては・・・


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Commented by anatatoyu at 2018-05-15 21:14
日本酒も飲まれるのですか?
お強そうですね。
私は日本酒には苦い思い出があるので、もう今は飲めないと思います。
お酒の好きな方は空きっ腹が美味しいとか、五臓六腑に染み渡るなんておっしゃいますが、体には良くないですよね。
前は南森町に住んでいたので、天満界隈は懐かしいところ。
昼間から飲んでも罪悪感湧かない場所ですね(笑)
今は外国の方多いと聞きますが、もともと無国籍な感じで賑やかですね。
Commented by s-jw at 2018-05-15 21:35
> anatatoyuさん
ゆうさん、こんばんは!
日本酒が一番好きなんですが、悪酔いや二日酔いするので、長い間飲んでいなかったのです。
今年になってグループで飲みに行くようになって、日本酒を飲む人が多くて釣られて飲んでいたら、二日酔いをまったくしなくなっていたのです。
それで、最近はとりあえずビールの次に日本酒になっています。
でも、すきっ腹はダメですね。
天神橋筋商店街へよく行くのですが、天満駅の裏辺りはカオスな場所ですね。
あのお店、二度と行けないわ。
Commented by sakura81-26 at 2018-05-16 17:44
鎌倉室町時代には、京都に沢山の酒蔵があったのは驚きです。
濁り酒が主流だったのでしょうか。酒つくりの歴史奥が深そうです。

楽しい授業の後は、お楽しみの飲み会もあって楽しい高大の授業ですね。
若い時に比べるとアルコールの分解が遅くなっています。
空腹で周りの方のペースにハマって飲み過ぎないようにしてくださいね。
Commented by s-jw at 2018-05-16 18:45
> sakura81-26さん
みいうみさん、こんばんは!
ほんとにおっしゃる通りです。
日本酒で悪酔いしなくなったので、調子に乗り過ぎていました。

奈良時代には清酒があったと書かれていますが、江戸期半ばまでに磨いた米による清酒造りが普及したともあるので、やはり濁り酒だったのでしょうね。
すみません、あやふやな回答で。機会があれば、先生に質問しときます。
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by s-jw | 2018-05-15 21:01 | 趣味 | Comments(4)